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農薬:栽培期間中不使用自然栽培米 南魚沼産コシヒカリ 07.24 日本初、誰でも簡単にサイトを作れるJimdoの展開とビジョン No1

Jimdo
http://ja.wikipedia.org/wiki/Jimdo

INSIGHT NOW 編集部/経営戦略

ウェブサイトの完成画面を見ながら、編集できる。究極のWYSWYGはHTMLも、FTPも、サーバも不要。誰でも直感的にウェブサイトを作成できる画期的なクラウドサービス、それがドイツ生まれのJimdoである

第1回 「ブログを読み、国際電話をかけ、ドイツへ飛んだ」

■世界中の人から1人1円ずつ集めれば

「スタッフを増やさずに、売上げを増やすにはどうすればいいか。創業者・山瀬のこの問題意識が、当社の原点です」

KDDIウェブコミュニケーションズ社の前身は、レンタルサーバ事業を手がける株式会社CPIである。しかし、それ以前に山瀬氏は、マーケティングに特化したコンサルティング会社を営んでいた。

「コンサルティングはノウハウが属人的で、しかも時間に縛られるビジネスです。人間1人に与えられている時間は、みんな同じで1日24時間しかありません。売上げを伸ばし、会社を大きくしようと思えば、人を増やすしかないわけです」

しかし、それでは限界がある。では、逆に考えてみよう。人を増やさずともスケールアップが可能なビジネスは、どのようなものがあるだろうか。

「理想は全世界の人から、1人あたり1円ずつもらうようなビジネスです。これなら1人の顧客にかける時間も1円分だけでいい。それでいて60億人にサービスを提供できれば、トータルの売上げは60億円にもなります」

理屈は確かにそうだ。しかし、そんな都合の良いビジネスが世の中にあるだろうか。ここで時計の針を12年分ほど逆戻ししてみよう、今とは違った状況が見えてくるはずだ。今にして思えば当たり前、とはいえ12年前の時点では、先の読める人にしか見えなかったビジネスチャンスが、確かにあったのだ。

「山瀬が目をつけたのはホスティングサービスです。当時はまだ、ホスティングという言葉さえ、ほとんど知られていなかった時代です。しかも当社は、ホスティング事業者としては異例の出自といっていいでしょう」

その頃、ホスティングをいち早く手がけた人たちは、いわゆるインターネットオタクと呼ばれる人たちばかり。すなわち多くの人がまだ知らないインターネットに魅せられ、その素晴らしさに虜となってしまったギークたちである。

「我々のように、純粋にビジネスモデルを突き詰めた結果としてホスティングを始めた事業者はおそらく、他に少なかったんじゃないでしょうか」

自らのビジネスに対する極めてクールなスタンスは、事業を着実に伸ばす土台となった。ホスティングを開始して10年足らずの間で同社は、独立系としては大手のポジションを固めるにいたる。

「前年対比160%ぐらいの伸びを続けてはいたのですが、ただ日本マーケットの特異性には泣かされ続けました。みんな、ブランドに弱い。だから我々がどんなにコストパフォーマンスに優れたサービスを提供しても、大手ブランドさんには勝てないケースもありました」

どうにもならない悔しさの中で同社は、次なる展開を目指すようになる。

        ■ブログでJimdoを見つけ、直ちにドイツへ

「ある日、TechCrunchを読んでいるとJimdoについて書かれたエントリーを見つけました。スタートアップ企業を紹介する記事でしたが、読んだ瞬間に、これだ!と電気ショックが体に走りました」

2007年のことである。当時、高畑氏はインターネットのあり方、ホームページの作られ方に疑問を持っていた。これから先のインターネットに対して、漠然とした不安を感じていたのだ

「インターネットが普及して約10年経ちました。この先、未開拓のユーザーはどんな人たちなのかと考えたとき、思い浮かぶのはITリテラシーにあまり縁のない人たちばかりです。おそらくはパソコンさえ、まともに触ったことのない人たちを、どうやってネットの世界に招くのか」

確かに、一昔前と比べれば、ネットの敷居はずいぶんと低くなってはいた。mixiが新しい世界を開き、ブログを書く人もどんどん増えていた。

「しかし、きちんとしたホームページを作ろうと思うと、そこにはいくつも障壁がありますよね。HTMLを書けること、FTPを使えること、サーバについての理解も必要。こうしたハードルを、すべてぶっ壊すパワーをJimdoに感じました」

Jimdoに、他の日本企業がアプローチをかけたらどうしよう。焦燥感に駆られた高畑氏は、記事を読み終わるとすぐにドイツへ国際電話をかけた。電話に出たのは、Jimdoの創業者。当時25歳ぐらいの、3人のドイツ人だった。

「ぜひ当社でJimdoを扱いたい。ついては会って話をしたいと告げたのに、なぜか相手は乗ってこない。彼らはどうも日本のことがよくわからないみたいで、同じアジアに出るのなら人口の多い中国だろう、ぐらいの意識しかなかったのです」

局面を打開したのが、KDDIブランドの力だ。CPI社は、当時既にKDDIグループに参加し、社名もKDDIウェブコミュニケーションズと変わっていた。KDDIといえば、日本を代表するブランドである。

「それなら会ってみようかと話は進み、すぐにドイツに飛びました。もっとも社内的には合意はまったくとれていなかったんです。ただ当社にはベンチャー魂がしっかりと根付いていて、おもしろそうだからとりあえず話を聞いてこい、ぐらいのことはトップから言ってもらえたんですね」

ところが話はとんとん拍子に進み、創業者たちと初顔合わせをした、まさにその日のうちに、KDDIウェブコミュニケーションズ社が日本での独占販売権を手にすることになった。

「実はそれからが大変でした。何しろサービスをローンチするまで、ほぼ丸一年かかりましたから」

高畑氏を待ち受けていた障害とは、一体何だったのだろうか。

第2回「契約までは4時間、ローンチまでは1年間」

■午後2時の契約成立

「ドイツでの最初の話し合いが始まったのが朝の10時、そして午後2時には『わかった、日本での独占販売権を渡すよ』と商談が成立しました」

その間、わずかに4時間。当初、日本での展開を渋っていた創業者達の心をゆり動かした力は何だったのか。

「お互いの思いが同じだったこと、これに尽きますね。これ以上、ITに詳しくない人たちを苦しませて、どうするんだと。ウェブの世界は、もっと簡単でなければならない。誰もが気軽に使える世界にしなければならない。この思いで、激しく同意したというわけです」

日本とドイツの間に距離の隔たりはあっても、高畑氏とJimdo創業者たちのインターネット観は、まったく一致していた。

「インターネットの目的は、的確な情報を、的確なタイミングで、的確な相手に伝えること。これだけです。だから、そのための障害はすべてなくさなければならない。HTMLも、FTPも、サーバも何もかも」

Jimdo創業者たちは、さらに過激な信念を抱いていた。インターネットを使うために、勉強して身に付けなければならないような知識は一切不要。知識ゼロでも、思うように自分のホームページを誰でも、すぐに作ることができる、そのためのJimdoである。

「ここに、こんな文章を入れたい。ここには写真を置きたい。思ったところをクリックしたら、何でもできるのが理想で、そのためにプログラミングの知識が必要などということはあってはならない。これが彼らのポリシーであり、強烈な共感を覚えました」

そもそもモニターを見つめているとき、人の意識はどこにあるだろうか。8割方はカーソルに集中しているはずだ。カーソルは、常に自分の興味のあるところに位置している。これが自然な動きだ。その動きを忠実になぞるようJimdoのユーザーインターフェイスは設計されている。

「編集したいところをクリックしたら、そのまま編集できる。例えばiPhoneなら、何かしたいところをタッチするじゃないですか。あれと同じでカーソルも、何らかのアクションをしたい部分に置かれているわけです。そこで操作すれば、思い通りのアウトプットが得られる。ヘルプを一切見ないで使えるのだから、これはすごいシステムだと感激して日本に帰りました」

ところが、意気揚々ドイツから戻った高畑氏を待っていたのは、社内の意外な反応だったのだ。

    ■無料サービスの成功事例はない

「レンタルサーバで月額料金をコツコツと、これが当社のビジネスモデルです。だから無料サービスを展開することに対する社内の抵抗感は、強烈でした」

そもそもが望まれてドイツに旅立ったわけではない。独占販売契約を結んだとはいえ、言ってみれば高畑氏の独り相撲である。経営陣も、まさか勝手に契約してくるとは夢にも思っていなかったことだろう。

「取れましたって社内で報告すると『ああ、そうなんだ』って。まあ良かったねぐらいのいなされ方で、じゃあ、これからどうやるのって感じでしたね。なにしろ当時、私の知る限りでは、無料サービスで成功しているモデルなんて日本に数えるぐらいしかありませんでしたから」

特に、高畑氏に風当たりが強かったわけではないが、かといってゴーサインが出るわけでもなかった。たまに話に上れば、出てくる話題は無料モデルの失敗例ばかりである。社内的な苦境を高畑氏は、どう乗り切ったのか。

「無料で、しかもBtoB専門でホスティングをやってきた当社が、経験のないBtoCに乗り出して、成功するはずがない。そんな空気が支配的だったところに、孤軍奮闘、やりましょうといっても風向きが変わるとは思えません。だからじっくり時間をかけました」

高畑氏は腹をくくり、社内調整のための時間を取った。といって一人ひとり経営陣を説得していったわけではない。採った戦略は、社内でのファン作りである。

「私自身がJimdoを初めて使ったときに感動したんです。この感動は、絶対にみんなと共有できる、そう信じていました。同じインターネット業界にいる人間なら、ましてや同じ企業文化の中で生きてきた同僚なら、必ずわかってくれる。そう信じて、みんなにJimdoを体験させていったんです」

その結果、起こったのが社内バイラルである。社内にJimdoファンがどんどん増えていった。Jimdoプロジェクトを立ち上げたい、自分がやってみたい、そんな声が静かに広がっていったのだ。

「とうとう最後には経営層も『このインターフェイスはすごい。結果がどうなるかはわからないが、とにかくやってみよう』とゴーサインを出してくれたのです」

ここまで来るのに、契約後約1年がかかっている。そして図らずも、このときのバイラル体験が、後に高畑氏たちの苦境を救うことになる。

(wikipedia参照)

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